【未完成版】日本に帰ってきました。旅のまとめ。

【未完成版】日本に帰ってきました。旅のまとめ。

現在台北へ行く飛行機に乗っている。

(途中で疲れてちょこちょこやってたら1か月かかってしまったのはこの時のぼくは知らない。)

(そして未完成で出すことになるとは)

就活を始めてしまいキャパを超えてしまってます。

今後ちょこちょこと書いていきますがとりあえずほんとのまとめだけでも共有したかったので更新しました。

中途半端でごめんなさい。ぜひコメントください。(は?)

 

 

 

日本へ行くのに一度通り過ぎた方が安いというのはなかなか不思議だ。

これが今回の旅最後の移動、つまり旅が終わりを迎える。

メルボルンでの生活

 

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《1カ国目 オーストラリア・メルボルン》 最高の2ヶ月間でした。 See you again!!! in Melbourne #世界一周 #triparoundtheworld

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日本を出てから6ヶ月。
移動の連続の旅が始まってからは4ヶ月が経った。
最初の2ヶ月はメルボルンで語学留学をしていた。
以前も書いたがこの期間で学んだ1番大きなものは行動を起こすマインドである。
ぼくに必要だったのは頭にある英語をアウトプットする練習だった。
アウトプットというのはつまり話すということ。

しかし、日本の教育制度のおかげで(責任転嫁)正しい英文法を使うことが最優先の頭になっていた。

そのために話そうとする度に頭で考え、合ってるかどうかでビビり、結果曖昧な笑顔でその場をすましてしまっていた。これではいつまでも話すことができないし成長しない。
そもそもぼくの英語を学ぶ目的は多くの人と話したいから。話さなきゃ意味がない。
無理やりにでも話すためにできるだけ友達といる時間を増やしたし、ランゲージエクスチェンジにも何度も行った。
後者は特に勇気がいるものだった。
初対面の人と喋るのは苦手だし、その上大量に人がいるのもあまり好きではない。
でも上達したいという目的のために行くようにしていた。
目的のためにビビらない、いやビビっても一歩踏み出して行動するマインドをこの留学を通して手に入れることができたと思う。

おかげで少しは英語も上達した。
いま思えばどうやって会話してたんだろうってくらい最後の方は友達と問題なく意思疎通してたように思う。

移動の日々。

 

そしてシンガポールへ。


旅の始まり。
いきなり夏になってしんどかった。ほんとにこんなに湿度が高かった。
ガッカリするというマーライオンにも満足。
シンガポールは本当に小さい国で見どころは少なめだった。リトルインディアに宿泊していたけど、本当に人が溢れてたのには驚いた。本当のインドもこんな感じなのかと想像していた。
そして初の陸路国境越え。

マレーシア。


マレー列車でバンコクまで行く予定だったが、チケットが買えず飛行機でバンコクへ行くことにした。
あとで冷静に調べたら国境まで行けば列車もあるようだった。あの時は旅人として未熟だったなと思う。
しかし、おかげでクアラルンプールに数日いることができた。渋滞や鳴り止まないクラクション、道を渡る時には身体で車を止めなければいけないことを学び始めたのもマレーシアだった。
飛行機に乗ってバンコクへ行く。
着いたのは夜。空港から街に行く高速道路からの景色が日本のようで驚いたのを覚えている。どこにでも建物があって人が住んでいる、明かりがある、看板が多いなど日本の高速道路を走っている感覚だった。
日本人向けのレストランも多く、立派なショッピングモールもたくさんありどんどんと発展している様子が感じられた。一方で東南アジア特有のカオスがまだまだたくさん残していて僕ら日本人にとっての日常と非日常の両方を併せ持つ魅力的な場所だった。
そして、初の寝台列車に乗ってチェンマイへ。
素敵な日本人夫婦がオーナーの日本人宿に宿泊し、早くも精一杯のんびりした。そういえば風邪をひいてよく分からない薬を買ったのもチェンマイ。コヤニスカッティおすすめです。

次はミャンマー。

 

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《5ヵ国目ミャンマー・ネピドー》 2006年に軍事政権によって遷都されて出来た街。 見所は20車線ある道路やバカに広い軍事博物館。 何もないところにでかくて綺麗な街があって不思議な空間だった。 有名無実っていうのはこういうのなんかなと。 それでも昔からある場所は(綺麗ではないけど)活気があって温かった。 後から知ったけどひいおじいちゃんが戦死した場所のようでそういう巡り合わせもあって来たのかな? #backpackerlife #backpacker #travel #exploretheworld #travelaroundtheworld #triparoundtheworld #retrip_global #photo #photograph #photo_traveler #igtravel #iggood #olympus #shotoniphone #世界一周 #世界一周中 #一人旅 #バックパッカー #旅好きな人と繋がりたい #写真好きな人と繋がりたい #ファインダー越しの私の世界 #世界の絶景

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国境の川の橋を渡った途端に空気が変わったのが感じられた。
直接ネピドーに行きたかったのだが、バス会社のスタッフに騙されかけヤンゴン経由でネピドーに行くことに。

向こうの都合でモノを売ってくるのは世界標準なんだと学んだ。30時間くらい移動したのもいい思い出。

ネピドーはミャンマーの首都であるものの僕らが想像する首都像とは程遠い。

遷都当時、軍事政権だったため有名な20車線道路をはじめ幹線道路がとても広い。

何もない田舎に作られた街なため見た目の新しさと立派な雰囲気に反して人が少なく寂しい街だった。

2泊してミャンマーの一番栄える街ヤンゴンへ移動。
人が溢れ、不思議な臭いが立ち込める街に着いた時に安心感を覚えたのを覚えている。

不思議な臭いの正体は噛みタバコ。赤いツバをみんなが道路に吐く光景は何度見ても慣れなかった。

予約していた飛行機がキャンセルされるトラブルもあり1週間ほど滞在したヤンゴン。

ゲストハウスのスタッフと仲良くなり、話す中で格差というものを実感しいかに自分が恵まれた環境にいるか、再認識することになった。

無事飛行機を予約し、インドへ。

カオスの最上位に位置する国。

こんなにもアグレッシブな客引きはここにしかいないだろう。

ネットで何度も見たのと全く同じ方法で騙してきた時はもはや面白かったけど。

教科書で何度も見ていたタージマハルを見た時は本当に感動した。

5日しか滞在しなかったのは我ながらバカだなと思う。

知れば知るほど魅力的になっていく国。絶対にもう一度行くと決めた。

 

インドから飛行機でキルギスへ。

急に寒かった。ビシュケクに行った主な理由はトルクメニスタンビザの申請。

キルギスには夏に行くべきだった。もっとゆっくりトレッキングとかできたらよかった。

ビシュケクでこの後しばらく一緒に旅する仲間と出会った。

ウズベキスタンの首都タシケントへ。

中央アジアで前まで唯一地下鉄がある大きめな都市。

久々の綺麗で明るい都市に嬉しくなった。

その後サマルカンド、ブハラ、ヒヴァとシルクロードを追った。砂漠の中のオアシスがもつパワーを都市の大きさから感じた。

砂漠という色がほとんどない中で色鮮やかな巨大建築を見た人はどんなに感動しただろう。いまや観光地として人気があり、旅行で行くのにオススメしたいと思った。

そして中央アジアの北朝鮮ともいわれるトルクメニスタンへ。

SNSはもちろん使えず、自国通貨よりもドルが信用が高い国。公定レートの5倍以上の闇レートが一般的になってるほど。

ATMなども使えないため持ち込んだお金が全てという状況の中、お金が本当に無くなる恐怖というものを初めて感じた。

お金が無くなるほど、心に余裕がなくなりお金でそれを埋めようとしてしまう。いかに自分がお金に依存して生きてきたか知ることになった。

また、フェリーターミナルでのいつ船がくるか分からない1泊、船に乗ってからの5泊6日は2度と忘れないと思う。

ネットも無いためものすごく孤独を感じたし、たまたま日本人がいてくれて本当によかったと思う。いなかったことは想像したくないほどしんどい(暇すぎる)時間だった。

 

先が見えない船旅も無事に終えてアゼルバイジャン、バクーに到着する。
第二のドバイと言われるほどオイルマネーで潤うこの街。久々にみる大都市が眩しく感じた。1週間ぶりに浴びるシャワーやおいしいご飯に感動しっぱなしだった。
思いの外フェリーに時間を取られたので1泊だけでジョージアへ寝台列車で移動することにした。

 

ジョージアは旅人の間で人気の国。

安い、美味い、綺麗。

ないものがないのである。ここでのんびりしつつ、その後の予定を立てたりしていた。

天国に1番近い教会は本当に美しかった。雪景色の中佇む質素な教会は荘厳さよりも静かなパワーを持ってるようだった。

ジョージアからトルコへバス移動。
奇岩群と気球で有名なカッパドキアにあるギョレメという街。

変わった形の岩が当たり前に溶け込む観光地。外に出るたびに自然の歴史と不思議と力強さを感じる場所だった。

朝早く起きてみに行った気球。

日の出と共にたくさんの気球がフワフワと上がっていく様子はとても美しかった。

一方で気球に書いてある企業が中国企業ばかりで中国の勢いをトルコで感じることとなった。その後他の国でも中国の銀行や建設会社は何度も見た。

ギョレメからはイスタンブールへ。

アジアとヨーロッパの境目。とはいうもののアジア色が強めだと思う。

人がとにかく溢れていて、到底売りきれるとは思えない量のものが置いてある。

そして特筆すべきはモスクの多さ。そしてそのどれもが立派も立派。

オスマン帝国の力が垣間見えるものだった。オスマン帝国はこの後しばらくはどの国でも感じられることになる。

 

イスタンブールからアテネへ飛んだ。ヨーロッパ最初の国である。

何よりも物価が高いというのが最初の印象。

ここから本格的に自炊生活が始まることとなる。宿に荷物を置き、少し歩くとすぐに遺跡が現れた。

これらが作られたのは何千年も前だということを想像するとタイムスリップできそうな気がしてくる。

ぼくらの生活も何千年後には遺跡になって観光資源になってるのかもしれない。

アテネを後にし向かうのはメテオラ修道院があるカランバカ。メテオラ修道院は切り立った巨大な岩山の上にある。

俗世から離れたい修道士にはもってこいの場所である。

麓から見上げる崖は恐怖すら覚える風貌だった。

柵も何もない岩の上から下を見下ろした時、自分の小ささを強烈に感じた。自然の力の前に出来ることなど微々たるものだ。

人生における運命もきっとそう。流されつつもどう抗って方向を変えるのか。それがぼくらにできるほんの少しのことなのかもしれない。

なんてコトを思わせるパワーのある景色だった。

泊まらずに次の街へ。ギリシャ第二の都市テッサロニキ。

アテネでもあったが落書きがひどく雰囲気があまりよくなかった。半日だけ観光してすぐに次の街ソフィアへ。

ソフィアはバルカン半島の中で1番ヨーロッパらしい街並みをした街だった。この頃1人旅が再開し寂しさを覚えていた。

旅の楽しみ方も見失ってしまっていた。せっかく綺麗な街並みだったのに今思えば惜しいことをしたのかもしれない。

ここで自分の旅の目的を考え直すこととなる。

とりあえず全力で楽しむことにした(笑)

次にやってきたのはマケドニアの首都スコピエ。

首都とはいえどこか荒廃感のある街だった。中心地は整備され作りものではあるがヨーロッパの街並みがあることにはある。

しかし、それでは周囲のボロい感じは隠せていなかった。

スコピエは地震で一度崩壊しており、都市計画を丹下健三案で行っていたという日本との意外なつながりもあった。

そして、この時次に行く予定だったアルバニアで地震が起こった。

どうやら行こうと思っていた辺りは問題なさそうだったが宿のオーナーの猛反対により一旦予定を変更。

順番を入れ替えてコソボに行くことにした。

コソボ2番目の都市プリズレンに到着。

夜についたのだが、次の日の朝外に出たとたんにこの街がとても好きになった。

なんだか分からないが不思議と懐かしさを覚えたからだ。

木の家か、街のこじんまりした感じか。

 

この後はまた書きます。

アルバニア
モンテネグロ
セルビア
ルーマニア
モルドバ
ウクライナ
チェコ
スペイン
アメリカ

 

 

ほんとのまとめ。

この半年間で感じたこと、考えたことをばああああああと吐き出してみた。

世界一周なんてものは本当に誰にでもできる。

ぼくにできるんだから間違いない。

1歩目の勇気。これが何においてもまず重要。余裕が出てきたらどこにその1歩を置くかも考えたらいいのかなって思う。

世界は広いけど近いんだということ。

人が住んでいればご飯を食べるし、寝るし、移動する。どこに行っても人さえいればなんとかなるもんだということを実感した。旅なんて誰にでもできる理由でもある。なんとかなる。いまの時代情報はいくらでもあるし、別に行かなくても知ることはできると思う。でも、行って感じられることや出会える人、思いがけないハプニングが1番大事なんだと思う。これは家にいては起きないことだから。

知らないことがあるって楽しいなってこと。

行くまで知らない国もたくさんあったし、どこにあるかももちろん知らなかった。

行ってみて初めて興味を持つことになる国もたくさん。

それだけ自分の外には世界が広がっているということを認識したのは大きいことかなと思う。

前に進むことが大事だということ。

進まなきゃ始まらないし分からない。

やってみないことには始まらない。別に間違ってたら戻ってもいいし曲がってもいい。

意味のないことの方が少ないんだろうなって思う。

面白いと思った方向に行ってみること。

直感って一番大事。さっきも書いた通りやってみないと分からない。

調べて情報を得てもほとんどの場合それは分かったつもり止まりだと思う。

ということも勿論だし、それ以前に自分が楽しくなきゃ、面白がってなきゃ意味ない。

日本てすごいし、素晴らしい環境だってこと。

何より綺麗だし、礼儀正しいし、サービスがいいし、安心価格だし。

これは日本に勝てる国はなかったと思う。

あとは給与水準。

なんの特別なスキルなしで1時間1000円稼げる国の方がずっと少ない。

申し訳なくなるほどに。

でも申し訳ないで終わっちゃだめだと思う。

バイトで世界一周できる環境があることは素晴らしいしありがたいこと。

ただ運がよかっただけかもしれないけど、あるものは使わないといけないと思う。

自分が最高に幸せになれば、きっと人を幸せにできるようになると思う。

ぼくは日本人だってこと。

日本は島国だし、単一民族国家だし、歴史的にも民族的な自認はあまりしてこなかったのかなと思う。

旅を通してぼくは日本人であるという意識が強くなった。

そうすると自分の住む国を良くしたいって思うことになる。

別に盲信的にお国のためにどうたらってことではなくて、もっと、身近な人たちと自分が幸せになるために日本がもっといい国になったらいいなっと思う。

そしてその為に自分は何がしたくて、何ができるんだろうって考える。

いまの政治制度では実感しにくいけど自分事として選挙に参加したり、議論したりできるようにならなきゃなと思う。

海外の人たちは結構政治の議論が好きだったりする。それはいいことだし必要なことなんだろう。

優しさは伝播するってこと。(笑顔が1番)

これは前にも書いたことだけど、微笑むってすごく大事。

他人と目が合った時に微笑むことができるかで自分の心の遊びがどれだけあるのか測れると思う。

あと最近これに加えて思うのは悪意より善意の方が他人にインパクトを残せるということ。

旅のなかで沢山の人に出会った。いい人も悪い人も。

ぼったくられたり、歩いてるだけで笑われてり、嫌な思いをすることもたくさんあったしそれはそれで心に残るものはある。

でもそんなものは忘れてしまう。(ぼくだけか?)

人の優しさを感じた時の方がずっと心に残る。

そして、自分も優しくしようって思える。

つまり優しさは人の行動を変えるほどのインパクトを持ってるんだとぼくは思う。

自分の人生を生きるって大事ってこと。

当然みんなしてること。

でも本当に自分の人生を生きているか考えてみるのもいい。

他人のために生きてない?

自分でほんとに決めたこと?

決断するたびに自問自答しなきゃいけないなと思う。

自信をもって振り返れる人生にしたい。

人生はきっと旅だってこと。

人生って本当に旅と同じなんだろうと思います。

遠くに掲げた目標や夢に進むときも、

そうではなくてただただ闇雲に動いているときも、

どちらにせよ何が起こるか分からない。

1寸先は闇。

これを楽しめるようになれたら最強だと思います。

 

若輩者ながら思ったことを率直に書いてみました。

議論の余地しかありません。

何か考えたり感じたことがあればコメント、Twitter、LINE、なんでもメッセージくれたら嬉しいです。

最後に。

半年間ありがとうございました。

本当に沢山の人に支えられました。

出会ってくれた人も、日本から見守ってくれてた人も。

こんなになにかに感謝できることが嬉しいと思います。

これからもちょこちょこブログ書こうかなと思ってます。(未完成であげてごめんなさい。)

 

旅の情報とか、近況報告とか。

また旅に出るかもしれないし。

ではまた、どこかで。

 

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